July 12, 2010

季節も気温もわからない

季節は初夏から夏へと移っていくが母の感覚は冬らしい。

6月半ば過ぎに通院の為に迎えに行くと、
母のいでたちはスリップの上に半袖シャツ2枚、長袖Tシャツ、ウールのカーディガンに冬物のズボン。
「ママ、もう初夏なのよ、着替えて病院に行きましょう」と言うと 「そうなの?」
半袖ワンピースのアンサンブルに着替えて出かけたが寒いとは言わない。

7月初めに行くと
ヒートテックの長袖シャツ、その上にウールのセーター、冬物のズボン。
「ママ、7月だから夏なの。その格好は冬でしょう」
届けに行った夏物衣類を持ったまま叫んでしまう。

「だって、エアコン(設定温度28度)が入っていて寒いのよ、そんな格好で冷えない?」

他の入居者の方は半袖や7分袖のTシャツなんだけれど本人が寒いのなら仕方がない。
夜もキルティングの暖かいパジャマに毛布、羽毛布団。

ホームの人も
「季節のお召し物をお勧めするんですが、すみません」と言う。

空調の効いた部屋に住み、通院と私が連れ出す以外外に出ず
季節を感じる事もない。
長谷川式で季節が答えられなくても仕方がないじゃないの。

痴呆症患者を安全に生活させていただいているが、
刺激も感動も殆どない日々は辛いものではないか。
寒さや暑さを体感していないと鈍感になるのかもしれないし、
それとも病気の進行とみるのが順当なのかなァ。

母の言動で傷つく人がいるからと
この1年間外出イベントは1回も参加させていただけなかった。
この事も集団生活だからと思いつつも涙が出るほど悲しいし、
夜に考え始めると興奮して眠れない。

私に代わって看ていただける現実に感謝しつつも
どうにもやりきれない。

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April 12, 2010

暇なんだ

昨日母とお茶を飲んだ。

母が私に聞く
「今、仕事しているの?」
していないと答えると
「そう、それじゃ毎日、暇で暇でしかたないでしょう」

そうか、私は暇なんだ。

仕事を休んで11年目に入った。
自身の衰えを感じて、仕事再開は難しく思われ
仕事場を移すつもりで梱包したダンボールを複雑な思いで眺めているのに
その言葉は何?

私は暇なのか?

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October 22, 2009

酷い

ぐっすり寝て元気になったのでホームへ部屋移動を待ってもらうように電話をした。
施設長は席を外していたので言付けを頼み電話を切ると程なく電話が鳴った。

「お母様が脱衣場の長いすから転落されたので病院に運びます」

その電話が10時半ごろあっただけで、待っていても次の連絡は来ない。

病院に駆けつけてみると、母は大腿骨骨頭を骨折していて、もうすでに病室に運ばれていた。

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書きたい事、思う事は沢山あるのですが、あまりのことに動揺しています。
私も体調の悪い時に起きたので、2日付き添って1日休みという具合ですが明日手術と決まりました。
部屋移動は保留なのに、入院はいつごろまでですか?と入院した日に施設長から聞かれて唖然。
肉親がどうなるか不安なのに失礼極まりない。

1度も病院に顔を見せず、謝りもしない責任者に哀しい気持ちでいっぱいです。


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October 20, 2009

次はあるのか?

日曜の午後に気合を入れて3箇所のホームを見て回った。

1つ目は系列のホーム。
「今は倉庫として使っているのですよ」と言われて中を覗くと、
空いている2部屋共本当の倉庫。
荷物が山と積まれ、窓まで行くのが困難なほど。

外の景色は崖の下に建てられているので
北向き、コンクリートの石垣風の物の上に雑木の根元の部分が見えるのみで言われた通り昼でも暗い。

見学に行くと伝えてこの有様ははっきり拒否されているか、嫌がらせと思うしかない。

後の2箇所は他の会社の物件2つ。
1つは古い施設なので狭いし介護度の高い人が多いけれどスタッフのスキルは高い。
もう1つは今時のリゾートホテル風。
元気な人が多いので、スキルはあまりない?
という説明だった。

共に一時金なしプランがあるので、お仕置き部屋や倉庫よりは良い。
検討しますと言って帰ってきたが、夕食後スケートを見ながら爆睡。

疲れた!!

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October 17, 2009

絶望しています。

3日からひどい風邪(ブタフルではない)をひきぐったりなのに、
またまた母の暴言が災いして、今のフロアにいられなくなった。

移る予定の部屋を見せていただいたが窓の外は汚いコンクリートむき出しの床と立ちはだかる壁が見えるのみ。
景色は見えない。

そして認知症対策としてエレベーターのボタンにはガードが掛けられていて、スタッフにいちいち断らないと使う事はできない。
自販機に行くのも公衆電話をかけるのもお願いしなければならない。

自由を奪われて、プリズンのような部屋に入れられるのはあまりに辛いし、
それで経費が月40万は納得いかない。

拒否したら他のホームを見に行くことを勧められた。

勿論母の言動が悪い事は重々承知で申し訳なく思っている。
それでも、う~~~んなんと言っていいか。

来週初めに移動を申し渡されているのに、この時間になっても動けない。
次のホームはあるだろうか。

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July 30, 2009

どうもいけない

今日はクリニックに行く元気がなくてパスしてしまった。

夜になってホーム長から最近の様子についての電話連絡が入る。
特に変わった事がないというか、薬の影響は殆どなくなって、
本来の好くない性格がはっきり出てきたようだ。

これが1番の心配な事で、解決策が見つからない。

息子が言うように性格の悪いのは治せないから。

毎週のようにDr.と相談してここまで来たけれどもう手がない。

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July 25, 2009

再びクリニックへ

アリセプトを貰いに出かけてきた。

そして母の急な変化について聞いてみた。

Dr.の意見は薬の影響だった。
身体的な副作用、体が前傾するとか動きが緩慢になるとかは改善される。
しかし、それ以外はダメージを受けたのではないか?と言う。

私は今までそういう症例はあるのか、実際にそういう人を診ましたかとついしつこく聞いてしまった。

Dr.は薬を始めた時と重なるからそうじゃないかと言葉を濁す。

私も薬の投与は仕方がなかったと思いつつも眼に涙が滲んでしまった。
メガネをかけて行ったから判らなかったと思うけれど、治療に同意したのだから1人で泣くわけにはいかない。

セロクエルが使えないからリスパダール。
リスパダールが怖いことは漠然と知っていた。
でも同意したんだ。

家に帰ってから「リスパダール、副作用」で検索をかけたけれど
検索結果をクリックして読むことが出来ない。
動悸と吐き気がどうしようもない。
そうでなくても胸の中がはち切れそうで限界なので思わず「自分の医者も捜さなきゃ」と言ってしまい「先生は私まで診たくないでしょ」と慌てて付け加えた。
Dr.は曖昧に笑っていたけれど、お互いに診たくも診られたくもないものね。

薬の影響は使った日数と同じくらいの日数を抜いてみてから改めて考えようと今はそう思っている。

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July 24, 2009

通院

病院に行ってきた。
それにしても母の壊れっぷりには愕然とする。

糖尿の検査をして診療室の前に帰ってきたらとても混んでいて「帰りたい」を連発する母をなだめつつ待つ。

診察も混んでいるのでDr.も余裕が無く話が噛み合わないまま終った。
私の顔を見て「お疲れですか?」
「はい」
Dr.「僕も」
年寄りに関わる人間は元気じゃないと駄目だ。

昼食抜きの検査だったから当然帰りは何処かによって美味しいものをと考えていたのだが「帰る、お腹すいていない」の言葉に甘えて直帰。
今考えてみても可哀想だったなァ。

帰ってホームでスタッフと話していて今日Dr.にお聞きする予定だった事を思い出した。
それは母の急激な変化は何処からきているのかと言うこと。

スタッフも移り住んできた時からどんどん状態が悪くなっていくことに戸惑い
私も何が原因で坂道を転がり落ちるように弱っていくのか不思議でしょうがない。

5月の母はもう何処にもいない。
2ヶ月で別人になってしまった。

*薬の影響
*病気の進行
*転居のショック

勿論Dr.の経験に基づいた意見も伺いたい。
でも個人差のあることをきいてどうするとも思う。
次に向かう元気がどうしても出ない。

家に向かう車の中でアリセプトが処方されていない事に気づいた。
先生!!忘れないでくださいよ!!
先週、病院のほうで薬出すからと言ったのに。
ホームに確認すると「日曜までしかありません」

あァ、今日明日にでもクリニックへ行かなければならない。

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July 22, 2009

持病が

又頭痛が続いている。
こうなると薬は殆ど効かなくて重い頭を抱えて苦しむ事になる。

20日の朝3時半頃は土曜日から続く重っ苦しさにすっかり気が弱り
連休明けには脳神経外科に行くか脳ドックの申し込みをしようと心に決めていた。
辛かった。

21日になって寒いほどの涼しさに頭痛はぴたっと治まった。
熱中症だったのかしら??

しかし、私の頭は中からも外からも壊れてきている。
母のことは重く辛く逃げ出したいくらい。
何をどう頑張っても達成感はない。
愚痴をこぼす相手も無く、家に帰れば黙々と食事を作りデスクの前でボンヤリしている。

誰かに縋って思いっきり泣きたいけど、そんな人はいない。


仕方ないので、父に電話して絡んでみた。
「僕が代わって御礼を言うね。ありがとう!!」
彼は私のやり切れなさがわかるんだ。
48年も離れていた人だけれど親なんだね。

ちょっと意外で感動したけれどこれは反則技。
だって父もアリセプトを飲んでいるのだから、こちらも安心できない。


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July 21, 2009

母の様子

薬を抜いて、数日で緩慢ながら動きは滑らかになり改めて薬の怖さを実感した。
しかし、それからは今までに見たことの無い母の様子に戸惑っている。

何でもできない、わからないと言う。

靴下を履いてと言うと「出来ない」
靴履き替えてと言うと「出来ない」
ふざけているのかと思うけれど時間がないから手伝って身支度させて出かける。

着替えも良くわからず、スリップのまま4Fから1Fの事務室まで下りていって「何着ていいかわからない」と訴えたそうだ。
それから夕食後は母だけパジャマ着用になったらしい。

日々暑いので、夕方ホームに行くと、私の手をにぎり、
「頭がパーになっちゃって何にもわからないの」「どうしよう」「わからない」と途方にくれたような表情でずっと訴える。
大丈夫よ、大丈夫と背中を撫でながら泣けてくる。

病気が進んだのか。
薬の副作用。
住み替えのショック。
このどれが母を変えたのか私の頭の中も大混乱だ。

そして1週間前位からは、甘えるようになった。
「出来ないもん」とか「わかんないもん」とか言って何もやらない。

本当に出来ないとは思えないけれど、確認しづらい。
これは何症状と言うのかしら。

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