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August 09, 2005

おわび掲載へ

今朝の朝日新聞に「毎日新聞がおわび掲載へ」とある。

例の黙祷の記事についてだ。

『原爆は広島だけのこと。みんなを巻き込むのは良くない』
と制したと報道した事について、

「そのような趣旨の発言をしていないことがわかった」として
発言個所と「原爆は広島だけ」との見出しを削除する「おわび」を
9日朝刊に載せることを明らかにした。

何だか変ね!
言わなかったことを書いてしまう事が
「取材の不備」なの?
言わなかったことを書いてしまったなら、捏造じゃないの。
とにかく、なかった事にしたいというのが
よくわかった。

不愉快な記事には不可解な訂正が付いて来た。

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Comments

広島の鐘がなると毎年起立して黙祷をする。
本当にひどいことがあったものだと思う。
初めて原爆を知ったのは『原爆の子』という映画だったと思う。

修学旅行で広島に行くと被爆者の方が説明をしてくださったものだ。その意見が少し違うと感じたが言葉に出さなかった。

今はどうなっているのだろうか。

『水を下さい。』という個人小冊子をよんだこともあった。

あるときにアメリカの歴史の教科書を読んだ。
アメリカは雑多な国から新大陸に来て国を形成しているのでそれぞれのところを詳しく書いている。だから日本の教科書に比べたら厚い。原爆のところも日本の教科書よりもページを取って書いてあった。

日本人はカミカゼや本土決戦も辞さず原爆を落とすことにより多くの兵士の命と日本人の兵士の命も救ったと書かれていてびっくりした。

開発したら使ってみたくなり日本が終戦の手続きをとりたがっているのをしって終戦になっては原爆を使えないので急いで使ってみたと
言うところが本当なのではないか。

今多くの国が原子爆弾を保有している。テロだって持ちうる現状である。原子力の平和利用なども怪しいものであるが私たちは便利さにならされてもう後戻りできないでいる。

便利さに縛られて不健康になっている自分がいる。平和がいいというのは誰でも言うがどうすればいいのかは誰もわからない。

深い愛情と倫理観に立ち実践して行く中で
見つけられるかもしれない。

実践のむつかしさは便利さになれているからである。謙虚な心と正しい道筋深い愛情を
どれだけもてるかだと思う。

麻薬に汚染されたような文化の中でひたぶるに求めるものは何か具体的に言えるようにしていきたい。そうでないと間違った方向にいきそうな世相になってきたと思う。

Posted by: ぴょんすけ | August 11, 2005 at 02:55 AM

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