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August 15, 2005

明日の記憶

「明日の記憶」(荻原浩)を読んだ。
「白愁のとき」(夏樹静子)よりも現実的で後味がいい。
主人公の仕事は共にクリエーティブで、
家族構成、生活程度も同じぐらい。
夏樹さんの方が病を得てからと対比させる意味でか、
少しエリート。

「明日の記憶」の主人公と周りの人とのかかわりが自然で
身につまされつつ読んでいったが、ラストが素晴らしい。

アルツハイマーがテーマの小説でこんな終わり方はうれしい。

この作品は映画化されると聞いていたので早速検索
これならぴったりのキャストかもしれない。
いい映画に仕上がるといいな。

頭の中にもやがかかっているような状態と何回も出てきて、
私の頭の中も大分もやっているので少し心配になった。
それが病的なものか、加齢によるものか、境目がわからないからね。

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今日は戦没者追悼式が行われた。母の病室で黙祷をした。丁度介助されて母は食事をしていた。その部屋の人はみな忙しくしていた。
それで私は帽子をとって起立して黙祷をした。

NHKの5時からのこれからの日本もご飯を作りながら食べながら観た。

韓国、中国の方からの意見も前のように感情的に吠えるようなものではなく聞きやすかった。教科書問題特に歴史については複眼的に見ていくのがよいと思った。

家永裁判のときに教科書が間違っているとかいないの議論を聞いて驚いた。

私の家は沖縄に住んだことは無いが沖縄県出身である。歴史も地理にも沖縄のことは
飛ばされていた。祖母から父から聞く歴史と学校で習う歴史には多少差があった。

私は混乱しなかった。『アメリカに住んでいる人がいたのにどうしてコロンブスがアメリカ大陸を発見したって書いてあるの?』
『地球は丸いのにどうして極東っていうの?』
今学校で習っている歴史はアメリカ的歴史観で習っているからだ。

『一部の軍人が悪かったのであって一般の人は被害者だってきいたけれど?』

『他の国で蹂躙したり搾取した人間がいたのにA級戦犯だけが悪くて自分たちは被害者だというのは中国共産党の日本分断作戦だ。

軍医(父は軍医)だから直接鉄砲は打ってないからそれ程悪くないなんて思う奴がいたら
それは反省にならない。

父は学校の教室で習うのと違うことを教えてくれた。いろいろな視点から歴史を見る習慣が出来たのも父や祖母からの恩恵である。

歴史的におきた事件など全部解明することは難しい。しかし解明する努力は続けて生きたい。最近東条英機さんのお孫さんの本
下山事件に関わったのではないかというお孫さんの視点から下山事件を扱ったドキュメンタリー本を読む機械が増えている。

下山事件は漢文の時間に先生がお話してくださったので興味深いものであった。

今の視点に立てば侵略であっても当時の状況からするとそれしかない選択であったりするものである。

いろいろ洗い出しながら学んで生きたい。韓国とはなかよくなれそうだけれど中国とはどうだろうか。韓国ドラマのせいで昔風な女性のイメージから親しみ感も沸いてきているからである。

Posted by: ぴょんすけ | August 16, 2005 at 01:47 AM

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